海を渡った鎌倉のユリ~明治・大正のユリ球根の栽培と輸出~

海を渡った鎌倉のユリ~明治・大正のユリ球根の栽培と輸出~

明治大正期、鎌倉・玉縄村のユリ球根は横浜港から輸出され、欧米の人々に愛されました。ユリ栽培と輸出を通して地域の、今につながるちょっと昔の歴史を振り返る企画です。

2020年9月8日〜22日、鎌倉市立玉縄図書館で展覧会を開催。

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百合

明治・大正の海を渡った鎌倉のユリの話(その5)

県立大船フラワーセンター ユリ球根の輸出は、第2次世界大戦で途絶えました。戦後の昭和20年代に輸出はようやく再開します。以前ほどの勢いはないものの、神奈川県のユリ球根栽培も津久井郡や高座郡(茅ヶ崎周辺)を中心に動き出します。 ...
百合

明治・大正の海を渡った鎌倉のユリの話(その4)

玉縄村のユリ栽培 明治45年の書籍「神奈川県に於けるゆり根栽培」には、県内の主なゆり根(ユリ球根)産地として、「鎌倉郡玉縄村」の名前がまず挙げられています。 市内に伝わる数々の農業日記からも...
百合

明治・大正の海を渡った鎌倉のユリの話(その3)

ユリ貿易の拡大 明治・大正期の横浜港では、ユリ球根はシルク、お茶に続く輸出品となり、最盛期には4000万箱ものユリ球根が海を渡りました。日本から送った球根は栽培するとちょうどイースターの頃に咲きます。 明治初めころに愛好された...
百合

明治・大正の海を渡った鎌倉のユリの話(その2)

キリスト教と白百合 受胎告知 レオナルドダビンチ キリスト教のシンボルで宗教行事を飾る聖なる花、白いユリ。聖母マリアのシンボル「マドンナ・リリー」として熱望されながら、ユリは欧米での栽培には風土的になじまなかったようで、ほとん...
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